佐藤草太 ビジネス心理学を学ぶ

怠け癖や三日坊主にサヨナラ!自分を変える方法

未来の自分は何でもできる!の間違い

こんにちは、佐藤草太です。ビジネスのため、人生に変化を起こすため、心理学の学びを記していきます。

 

やろうとしていたタスクを後回しにしてしまった。

(まさに今日、取引先に電話をしなければならなかったが怖くてできなかった)

英語の勉強をしたいが中々本腰が入れられない。

タバコがやめられない…

 

以前はこういった失敗や挫折をすべて「自分の意志が弱いからだ」と思って自分を責めていました。前回に引き続きですが「スタンフォードの自分を変える教室」を読んで、自分を責めることはもうやめよう、と強く感じました。自分を責めても、罪悪感を意識することで自己を正当化するだけで終わってしまい、残るのは自分はダメなやつだというストレスだけ。そしてさらにそのストレスのせいで自己コントロールの力が弱まってしまいます。大事なのは、自分を許すこと。その方がかえって責任感が増すという研究結果が出ているそうです。

例としてカナダのオタワにあるカールトン大学で行われた実験を紹介しましょう。学生たちが勉強を先延ばしにする様子を学期の最初から終わりまで記録しました。最初の試験で直前まで勉強しなかったことで自分を責めた学生たちは、自分を許した学生たちに比べて、その後の試験でもやはり勉強を先延ばしにする傾向が見られました。自分を責めた学生ほど、次の試験ではさらにのんびりしてしまったのです! (『スタンフォードの自分を変える教室』第6章 どうにでもなれ より)

将来の自分を過大評価してしまう

さて、自分を責めることをやめた上で、冷静に自分の判断を見返してみたいと思います。スタンフォード本書を読んでいて、これだ…と1番感じたことがあります。それは「将来の自分を過大評価してしまう」ということ。今の自分にはできなくても、未来の自分ならできるはずと思ってしまうのです。今日は時間が無いけど、明日なら時間があるはず。今週は疲れているから無理だけど、来週なら。今はタバコを吸うが、明日は気を強く持とう。明日なら、来月なら、来年なら、来世なら…?僕も完全に身に覚えがあります。次の年の僕はいつでもオールマイティーでパーフェクトな人間です。

 

当然ながら、その発想は単なる今やらない言い訳と妄想にすぎず、未来の自分も、今の自分と能力も時間も体力もほとんど同じです。未来の自分の番が来たら、またさらに未来にそのタスクは渡されていくだけとなります。

まるで、現在の情けない自分を救ってくれる神様のような存在が、土壇場になればひょっこり現れてくれるとでも思っているかのようです。(第7章 将来をうりとばす より) 

未来の自分は他人ではない

人は皆、他人よりも自分の幸せを優先する生き物です。となれば未来の自分よりも現在の自分の快適さを優先してしまうのも仕方のないことなのかもしれません。本書にある対策として、誰でもいつでもできることは、「将来の自分を想像する習慣をつける」こと。先のことになればなるほどリアリティが無いため、目先の快適さを選択してしまうのが人情ですが、自分がどんなときに誘惑に負けてしまうのか、目標の妨げになるようなことをしてしまうのか、を意識して、そこに未来の自分を登場させるのです。未来の自分はこの選択をそう感じるだろうか?その結果どんな姿で、そんな生活を送っているだろう、と想像するのです。

 

しかし言葉にすれば単純ですが、僕個人としては非常に難しくも感じます。将来の自分を登場させるだけで、果たして効果が生まれるのだろうか。きっとそこで誘惑にストップをかける方法の1つであって、方法はこれだけではないのだろうとも思えます。大事なのは「自分が誘惑に負けるのはどんなときなのかに気づくこと」なのだと思います。そこで一瞬でも踏みとどまれるかどうか。踏みとどまれたなら、そこで自分に一番効果的な意志力をつらぬく方法はなんなのか。その可能性の1つが、将来の自分を想像することなのだと思います。

「変わろうと思う」だけで満足してしまう

もう1つ、大納得させられた記述がありました。落ち込んだ時の危険な考え方として、「自分は変わるんだ」と決心することがあげられる、というのです。これは非常に耳が痛い話でした。まさに、自分でした。

変わろうと決心することたちまりほっとした気分になり、高揚感も生まれます。大丈夫、自分は変わるのだからと期待に胸をふくらませ、変わった自分をあれこれと想像します。周りの見る目も変わるだろう、これで全てが変わる!と大きな目標も掲げたくなります。実際には行動していなくても、いい気分になれるのです。しかし、実際は楽観的すぎて、小さい目標や課題などは設定されていないことがほどんどです。

それで挫折しそうになると、変わろうと決心したときに感じた興奮をすっかり消え失せ、失望と不満でいっぱいになります。この時点で、多くの人は努力をやめてしまうのです。けれどもふたたび途方に暮れ、わらにもすがる気持ちになると、また誓おうとするー同じことの繰り返しです。(第6章 どうにでもなれ より) 

 僕もまさにこれでした。何回も何回も、想像上の自分に酔いしれた経験があります。自分は変われるんだ、と信じることは絶対に必要なことでも、行動を変えるためではなく、落ち込んだ気持ちを何とかするためにする考え方ではいけないということです。

ちょっとだけ悲観的になる

ではどうすればいいのか。

自分がいつどんなふうに誘惑に負け、誓いを破ってしまうかを予想することによって、決意を持続できる確率が高くなります。(第6章 どうにでもなれ より) 

 目標の妨げになるものに負けるときはどんな時だろう?とあらかじめシミュレーションしておくのです。想像上で失敗しておき、その上で予防線をはっておく。決意を守るためにはどんな行動をとればよいか、具体的に考えておくのです。僕は多くの人と同じように、無意識にスマホを手にしていることが多いです。ひとまず、いつも見てしまうスポーツニュースのアプリをホーム画面から削除してみました。細かいですが、おそらくそういうことも1つなのだと思います。そして、そういう細かい対策自体が有効なのではなく、何らかの対策をすることで誘惑を乗り切った、という実績の繰り返しで自信と習慣を身につけていくことが大事なのだと思います。

「誘惑に負ける瞬間を意識すること」が第1歩

まとめてみると、やはり目標に対して自分の欲求が勝ってしまうときはどんなときなのか、を知ることが最も大切だと感じました。過去の失敗をしり、明日の失敗を予想して対策を講じる。その繰り返しで自分に変化と自信を生んでいくのだと理解しました。

 

やはり、僕の場合の目下の最大の誘惑は、一仕事終えたあとの一服、取り掛かる前の一服、ことあるごとの一服、なのでしょう…。あとスマホいじりですね。これからはタバコを吸いたくなる瞬間と、スマホwいじりたくなる瞬間、これに意識して注意を向けてみたいと思います。